春日井って、何もない?いつもの街の「実は」を調べてみた
ご飯を食べる店はある。住むには困らない。
でも「春日井って何があるの?」と聞かれると、ちょっと止まる。
名古屋の近くで、暮らす街として育ってきた春日井。
いつもの街を調べ直したら、話の続きが見つかりました。
ガル太・おカン・山本の会話は読み物としての創作です。高校時代の話は山本本人の実話。企業・人物・大会などの情報は各項目の資料で確認しています(2026年10月23日確認)。
01 春日井は「田舎」?


都会に比べれば、そりゃ地味です。観光名所を次々に挙げる街でもない。でも、田舎と言うほど何もないわけでもない。このあたりの話になると、春日井側も名古屋側も「どこを基準にするか」で忙しくなります。

02 ご飯の店なら、たくさんある。


その「いつもの店」の一つ、あみやき亭。1995年7月、最初の店が開いたのは春日井本店でした。会社の沿革をたどると、「美濃路」につながる焼鳥店の1号店も、「感動の肉と米」の1号店も春日井です。別々に見えていた店が、ここでつながります。

もう一つ、19号沿いの餃子の王将 春日井店は337席、駐車場75台。店の公式案内に載っている数字です。いつも見ている店でも、改めて数字にすると「そんなに入れるの?」となります。

店の始まり・席数を確かめる
あみやき亭公式:数字で見るあみやき亭/第30期有価証券報告書・沿革/餃子の王将 春日井店。席数等は確認時点の掲載内容です。
寄り道:「春日井製菓も?」と思ったら
春日井製菓の社名は創業者の姓に由来し、創業地・本社は名古屋市。「春日井発祥」の会社ではありません。ただし、牛山町に春日井工場があるので、無関係というわけでもない。名前だけで地元の手柄にすると、ここでツッコミが入ります。公式沿革/春日井工場の紹介
03 名古屋名物、春日井に住民票。


写真:Cyukon / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、画像内容の改変なし)

しかも2026年10月2日、ぴよりんは春日井市の特別住民に。市から特別住民票も交付されました。「名古屋名物だけど、春日井に特別住民票がある」。これは、そのまま誰かに話したくなる話です。

ぴよりんと勝川の関係
春日井市:ぴよりんが特別住民になりました。製造拠点と特別住民の話であり、名古屋名物の発祥地を春日井とするものではありません。
04 高蔵寺、そんなに大きな話だった?


1968年に入居が始まり、2026年で58年。新しくできた住宅地、という意味の「ニュー」だけではもう語れません。日本住宅公団が手掛けた初期の大規模な街づくりの一つが、ここにあります。

もっとも、全国的な位置づけを知ったからといって、毎日の坂道が平らになるわけではありません。計画された街の広さや緑も、駅との高低差も、そこに住む人には日常。「有名な街だったんだ」と「帰りの上り坂はしんどい」は、両方あっていい話です。
三大ニュータウンと街の歴史
UR都市機構:タイムトリップ 高蔵寺ニュータウン/高蔵寺ニュータウン公式サイト。「三大」は紹介上の呼び方で、住みやすさの順位を意味しません。
05 野球もラグビーも、全国へ。

王子硬式野球部は、1957年に王子製紙春日井工場で創部したチームです。普段見ている工場の名前が、東京ドームでは「春日井市代表」として全国のチームと並ぶ。その見え方の違いも、都市対抗ならではです。


そこは別です。けれど、地元の名前が全国の舞台に出ると、普段は追っていなくても結果が気になる。そんな入口がある街でもあります。
ラグビーなら中部大学春日丘高校。2025年度には13大会連続・15回目の花園出場を決めています。「愛知県代表」として全国中継で見る学校が、いつもの春日井にあるわけです。
全国大会の実績を確認する
春日井市:王子の都市対抗優勝特集/王子グループ:野球部の紹介/中部大学春日丘高校:2025年度の花園出場決定。大会実績は年度を付けて記載しています。
06 あの人も春日井だったの?


例えば東京03の豊本明長さん、松井珠理奈さん、奥田瑛二さん、木﨑ゆりあさんは春日井出身。豊本さんと松井さんは、市の広報大使としても紹介されています。
松井さんは、市のインタビューで、子どものころに踊った春日井まつりがアイドルの原点だったと話しています。「この人も春日井」だけで終わらず、見慣れたお祭りから先へ続く話があるのが面白いところです。


出身と、ゆかりのある場所は分けました
市の広報大使紹介(豊本さん・松井さん)/松井珠理奈さんの市広報インタビュー/奥田瑛二さんのインタビュー・略歴/木﨑ゆりあさんの著者紹介。なお、佐藤二朗さんは春日井生まれ、4歳から東郷町育ち。生まれた場所と育った街を一緒にせず紹介したい例です。本人インタビュー。
07 サボテン推しには、理由がある。

春日井が得意としてきたのは、特に種から育てる「実生栽培」。温室や栽培技術を積み重ねてきた産業の話です。「春日井ってサボテンに向いた暑さなの?」という話ではありませんでした。

だからといって、毎日の晩ご飯にサボテンが出るかどうかは別の話。育てる産業の歴史と、食用サボテンのグルメは、分けて知ると腑に落ちます。「食べたことない」で終わっていた名物にも、続きがありました。
サボテンが広がった背景
春日井市:サボテンの歴史/JA尾張中央:春日井のサボテン。生産の特色である実生栽培と、食用のウチワサボテンを混同しないようにしています。
08 書のまちの道風さん。花札でも会っていた。



花札の「柳に小野道風」の絵柄の一例。
人物だけでなく、下の方の蛙にも注目です。
CC BY-SA 4.0。原図の表示サイズを縮小、絵柄の改変なし。特定メーカーの商品写真ではありません。


柳の枝へ何度も飛びつく蛙を見て、諦めずに努力する大切さを悟った――そんな道風の逸話が、この絵柄につながっています。教訓として聞くと少しかしこまりますが、花札の絵とつながると、急に身近な人になります。
春日井とのつながりは、松河戸で生まれたという伝説。市も史実とは断定していません。それでも、地元の人が「道風さん」を大切にし、書の文化を育ててきた歩みがあります。

松河戸には、1981年に開館した道風記念館もあります。「書のまち」という言葉だけ聞き流していた人も、今度見かけたら、あの札の人を思い出すかもしれません。
書のまち・生誕伝説・花札の出典
春日井市:書のまち春日井/道風記念館:小野道風と春日井市/松河戸の地域資料「小野道風伝説」。生誕地や蛙の話は伝承として紹介し、確認された本人の体験としては扱っていません。
09 何もない山の中に、昔の中央線。



写真:KKPCW / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、画像内容の改変なし)
定光寺駅の近くに残る愛岐トンネル群は、昔の中央線の跡です。1900年に開通した路線の一部で、複線化などに伴って1966年に旧線が廃止されました。今の中央線で移動している横に、かつて列車が走った道が残っているわけです。

公開期間には、赤レンガのトンネルや渓谷沿いの廃線跡を歩けます。常時開放ではないので、出かける日は保存再生委員会の公式案内で確認を。遠くの名所には詳しいのに、近所のここはまだ、という人にもよさそうです。
愛岐トンネル群の歴史・公開情報
愛岐トンネル群保存再生委員会:歴史/最新の公開日・来場案内。公開日や歩ける範囲は公式案内をご確認ください。
もう一つ、地元でも見えにくい鉄道の話
リニア中央新幹線は、計画ルートのうち春日井市内約17kmを地下で通ると愛知県が紹介しています。ただし春日井市内に駅ができる計画ではなく、まだ営業運転前。「通る」と「ここから乗れる」は別の話です。愛知県:リニアのルート・工事情報。
何もない、って言いながら。


何かすごいものがあるから、住みやすい。そういう理屈ではありません。全国優勝するチームも、いつものご飯の店も、自分には用のない名物もある。その全部が、同じ街にある。
「春日井って何もないよね」。そう言う日があってもいいけれど、たまには「そういえばさ」と、話の続きをしてみてもいいのかもしれません。
名古屋への通勤、車のある暮らし、子育て、地域ごとの違い、周辺自治体との地価比較。住むことを考えるなら、こちらもどうぞ。
各項目の「確かめる」「背景」などを開くと、参照した資料を読めます。会話中の感想は市民全体を代表するものではありません。人物の出身、企業の発祥・現在の拠点、大会の実績年度を区別して記載しています。アイキャッチはイメージイラストです。


